MT3608は中華製の昇圧型DCDCコンバータにとてもよく使われている、安価でパワーのあるDCDCコンバータICです。
このコンバータICは昇圧用なのですが、昇降圧DCDCコンバータとして回路を設計してみたいと思います。
SEPIC回路
SEPIC回路(Single-ended primary-inductor converter)は、普通の昇圧型コンバータのスイッチ(S1)とダイオード(D1)の間にコンデンサ(C1)とコイル(L2)を挟んで、DCDCコンバータの入力と出力をコンデンサ(C1)で分離した回路です。
スイッチが閉じることで、コイル(L1)が磁化されるとともに、コイル(L2)からコンデンサ(C1)を通して電流が流れコイル(L2)も磁化されます。
スイッチがオープンになると、コイル(L1)のエネルギーがコンデンサ(C1)を通って負荷へ供給されます。また、コイル(L2)のエネルギーも行き場を失うので、負荷へと向かいます。
コンデンサ(C1)で直流がカットされた状態で、コイルL1とL2がエネルギーの充放電を行うことで、入力電圧が出力電圧よりも高くても低くても、設定した電圧を出力することができ、昇降圧DCDCコンバータとして動作します。
基本的に2つのコイルの値は同じ、コンデンサはコイルに蓄積されたエネルギーを通せるだけの容量があれば良いのですが、どのような値がいいのでしょうか。
シミュレータで設計してみる
MT3608っぽいデバイスを探す
無料で使えるLTSpiceを使って、パラメータを決めていこうと思います。
LTSpiceはANALOG DEVICESが提供している、無料の回路シミュレータで、ANALOG DEVICESが販売しているICの全てのモデルが登録されていて、シミュレーションを手軽に始めることができます。
今回使うMT3608はANALOG DEVICES製ではないため、Spiceモデルがありませんが、ANALOG DEVICESが販売しているDCDCコンバータICの中から似ているものを選んで、それでシミュレーションしていこうと思います。
ANALOG DEVICESの昇圧コンバータの中から、5ピンパッケージでスイッチング電流が2,3A程度、スイッチング周波数が1.2MHzのICを探します。
スイッチ電流が2AとMT3608の4Aよりは少ないですが、スイッチング周波数が1.2MHzと同じで、ほぼ同じく使えそうなLT1935という部品が見つかりました。
LTSpiceで[Draft]->[Component]と選び
LT1935を選択し、右の中段にある[Open this macromodel's test fixture]をクリックします。
予めシミュレーション可能な状態のテスト回路が開きます。
試しに[Run](人が走っているアイコン)をクリックしてシミュレーションし、OUTのピンをグラフ化してみます。昇圧回路が動作していることがわかります。
SEPIC回路に変更
回路をSEPIC回路に書き換えます。
コイルのインダクタンスは、MT3608のデータシートに4.7uHから22uHがおすすめとあるので、4.7uHとしました。C2はとりあえず10uF、ダイオードは4A以上流せるB540というショットキーダイオードを選んでみました。電源電圧はICの下限に近い2.5Vにしました。
水色の波形はC2の電流です。±1.6A程度流れているので、ICのスイッチング電流の最大である2Aで動作していますが、負荷が10Ωと重いため緑色の出力電圧が5Vまで到達できていません。
MT3608は4Aスイッチなので、もしかしたら5Vまで昇圧できるかも知れませんが、負荷を20Ω(5V出力で250mA)としてシミュレーションし直してみます。
5Vが出力され安定動作しています。
効率の計算
コイルの抵抗に実際のコイルの抵抗値50mΩを入れて、コンデンサも10mΩとして効率を調べてみます。電源にも電池ボックスのバネの抵抗として0.4Ωの抵抗を持たせました。
一度シミュレーションを実行させてから、[View]->[Efficiency Report]をクリックすると、効率が計算されます。
効率は82%。C1、C2、ダイオードのピーク電流が大きいことがわかります。
コンデンサの選定
試しに、直流をカットしているC2を10uFから1uFへと減らしてみます。すると、異常発振したような現象になりました。2uFではこのようなことはないので、1uFでは容量が足りないということです。
C2とC1は、大電流のパルスが流れていることがわかったので、内部抵抗の高い電解コンデンサではなく、ESRの極力小さいセラミックコンデンサを使いたいと思います。
C2には電源の電圧が加わり、C1には出力電圧が加わります。電源電圧と出力電圧の最大値を5Vとします。そこで、C1とC2に村田製作所製の4.7uF10V仕様のGRM155R61A475MEAAを使うとします。大容量のセラミックコンデンサで注意が必要なのは、電圧が加わると容量が低下してしまうということです。GRM155R61A475MEAAの特性を調べてみましょう。
DCバイアス特性のグラフで、5Vの時の容量を調べてみます。5Vの電圧が印加された状態の場合、容量が64%減少することがグラフからわかります。4.7uFが1.7uFになってしまいます。
C1とC2が1.7uFの場合、シミュレーションでは出力電圧が安定せず、正常に動作しないようです。赤のグラフはコンデンサC2の両端の電圧です。
そこで、コンデンサにDCバイアス電圧が加わった状態でも、ある程度の容量が維持できるセラミックコンデンサを選択する必要があります。そのためには、耐圧が高いか、容量の大きなコンデンサを探します。例えば同じ4.7uFでも50V耐圧のGRM31CR71H475KA12の場合、
DCバイアスが5Vの場合で、2.7%の減少。4.5uF程度容量が維持できています。
50V耐圧の4.7uFにすることで、4.5uFでシミュレーションすると、出力電圧も安定し正常動作することがわかります。
降圧もできるか
これまでは2.5Vから5Vへの昇圧動作でしたが、降圧ができるかもシミュレーションしてみます。5Vを入力として3Vを出力してみます。
効率が79%とやや悪いですが、5Vから3Vへの降圧もできました。
MT3608で昇降圧DCDCコンバータの回路ができました
C1,C2,C4にはさらに余裕を見て10uF50Vのセラミックコンデンサを使おうと思います。5V時に8uFになります。
ANALOG DEVICESのLT1935を使って、MT3608の昇降圧DCDCコンバータを設計してみました。入力電圧に関係なく出力電圧を設定できるDCDCコンバータができました。
設計ができたので、基板にして実際に動作するか検証してみます。
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